2021/02/21

〜大野会長による寄稿〜 続βグルカンの魅力 6.抗βグルカン抗体

 〜大野会長による寄稿〜 続βグルカンの魅力 6.抗βグルカン抗体

 抗体は免疫システムの重要な要素の一つである。血液や唾液には抗βグルカン抗体が含まれることが明らかになってきた。βグルカンと抗体との関連性について述べてみたい。

 抗体(免疫グロブリン)は、免疫関連分子の中で、最も詳しく解析され、利用されている分子であろう。抗体は様々な場に登場する多機能性の分子である。例えば、母乳中の抗体は乳児の免疫能を高め、ワクチン接種で産生された抗体は感染防御に役立つ。一方、花粉、そば、卵など、様々なアレルギー疾患やアナフィラキシーの原因となり、自己抗体はリウマチなどの自己免疫疾患を引き起こす。臨床検査の分野では、感染症や癌の検出に利用されている。さらに、組換えDNA技術を用いることで、ヒト抗体が医薬品として盛んに利用されている。
 本稿では、抗体ならびに抗体産生の概略を紹介した後、抗βグルカン抗体について説明する。

【抗体の基本構造と分類】

 抗体は、抗原と結合し、その情報を免疫系に伝達する、所謂アダプター分子である。抗体は図1に示す基本構造を有する分子の集合体(総称)であり、様々な視点から分類することができる。「クラス」は良く知られた分類方法であり、IgM, IgG, IgA, IgD, IgEの5種から構成される。クラスは更にサブクラスに細分類される。IgMは初期応答に重要な分子、IgGは二次応答の主要な分子、IgAは分泌型として重要な分子、IgEはアレルギーの原因分子である。B細胞(Bリンパ球)は抗原受容体として細胞表面に抗体分子(surface Ig; sIg)を発現するとともに、分化・成熟後に多量の抗体を細胞外に産生する。
 抗体(IgG)は、軽鎖2本、重鎖2本の糖鎖含むポリペプチドがSS結合で共有結合した分子量、約15万の分子である(図1)。各々の鎖はドメイン構造と呼ばれる分子量約12500の球状タンパク質状構造が2個または4個連なった立体構造を形成している。糖鎖結合部位を有し、糖タンパク質分子として産生される。重鎖の構造は、クラスごとに特徴的であり、クラスに特徴的な機能と密接に関連している。

 抗体は抗原結合部位(図1の上部、黒塗りの部分)を有し、このアミノ酸配列は、認識する抗原ごとに多様性に富んでいる。抗原結合部位は軽鎖、重鎖の両方に存在し、抗原特異性を決定している。
 抗原と抗体が結合すると、免疫系は様々な反応を惹起する。例えば、凝集反応、補体の活性化、溶血反応、貪食促進作用、アナフィラキシーなどをあげることができる。ここでは、抗原と抗体の結合をミクロな視点から説明する。
 卵白リゾチームは溶菌(殺菌)酵素であり、アミノ酸129残基からなる小型のタンパク質である。リゾチーム(抗原)と抗リゾチーム抗体(単クローン抗体)の複合体(免疫複合体)についてX線結晶解析が行われ、抗原・抗体の各々の約20残基のアミノ酸が複合体の形成に関わっていることが明らかにされている。
 免疫複合体を形成している抗原と抗体のアミノ酸間には、イオン結合、疎水結合、水素結合、ファンデルワールス結合などが生じており、反応のひとつ一つは良く知られた化学反応である(図2)。稀に共有結合が関与することもある。
 抗βグルカン抗体の場合には、抗原側(βグルカン)には、チャージは存在しないので、それ以外の反応が関与するものと考えられる。

【抗体の抗原結合部位】

 抗体は立体的には、ペプチド配列が折りたたまれ球状タンパク質が連なった形(ドメイン構造)をしている。抗体分子の抗原結合部位は、可変領域(V領域)と呼ばれ、約120残基のペプチド配列から構成されている(図3)。V領域は軽鎖、重鎖の両方に存在し、両方が組み合わさって一つの抗原結合部位(ポケット、グルーブ)を形成している。抗原と結合する20残基のアミノ酸は立体的には最も外側(上側)に位置し、超可変部位と呼ばれている。

 図4は、100種のがん細胞から産生された抗体のV領域のアミノ酸配列を比較し、個々の残基に存在するアミノ酸の種類をプロットしたもので、がん細胞ごとに、アミノ酸配列が著しく異なる領域のあることがわかる。アミノ酸配列の異なる部分と変化のない部分があり、前者を超可変部位と呼び、3つのポリペプチド(CDR1〜CDR3)から構成されている。同様の部位は重鎖と軽鎖の両方に存在し、抗原と図5のようなイメージで結合している。

       

 抗体はありとあらゆる抗原を認識することができると考えられてきた。一方、B細胞の各クローンは、1種類の免疫グロブリンしか産生することはできない。なぜ、制限なくあらゆる抗原を認識できる抗体が産生されるのだろうか。そのメカニズムは、利根川進先生らによって免疫グロブリン遺伝子の構造と調節機構に関する研究が進み、クローン選択説とB細胞の分化成熟過程が明らかになったことによって説明が可能になった。

【抗体産生の調節機構】

 抗体産生はB細胞の担う役割であるが、B細胞だけでは、正常に抗体産生は行われない。図6に示したように、様々な細胞との相互作用が必要である。抗体産生が正常に進行するためには、同一抗原による3回の刺激が必要である。@は一次応答に関係するものであり、B細胞の表面に発現しているsIg分子に抗原分子が結合し、その刺激によってB細胞が抗体産生細胞に分化して抗体を分泌するものである。この経路によって、IgMクラスの抗体が産生される。また、一部はメモリーB細胞となって、二次応答に備える。一次応答は「感作」と呼ばれる。AとBは二次応答に関係するものであり、クラススイッチを経て、IgG, IgA, IgEクラスの抗体が産生される。Aの経路では抗原分子が抗原提示細胞に処理され、組織適合性抗原(MHC,ヒトではHLA)とともに、T細胞(リンパ球)のT細胞受容体(TCR)に抗原情報を伝達する。抗原提示細胞はこのような機能を発揮する細胞に命名されたものであり、マクロファージ、樹状細胞、B細胞などがこの機能を有する。抗原刺激されたT細胞は、様々なサイトカインを産生し、B細胞の増殖、分化、クラススイッチなどに関わる。このような機能を示すT細胞をヘルパーT細胞とよび、産生するサイトカインの種類などによってTh1、Th2などに分類される。どのTh細胞が主に作用するかによって、産生される抗体のクラスも異なっている。Bの経路は基本的には@と同様であり、B細胞表面のsIgに抗原が結合し、抗体産生を始める。一次応答したB細胞の一部はメモリーB細胞となり、体内に長く存在するので、同一の抗原分子に対しては、速やかに抗体産生が導かれる。

【抗βグルカン抗体】

 タンパク質抗原に比べ多糖抗原は抗原性が低く、抗体産生能が弱いので,これまでβグルカンに対する抗体産生について着目されることはほとんど無かった.抗原性が低い理由は、図6によっても裏付けられる。すなわち、B細胞表面のsIgは免疫グロブリン分子そのものであるので、抗原の種類に寄らずぺプチド抗原と同等の反応性を示す。一方、抗原提示細胞を介してT細胞を活性化する経路で、抗原提示細胞の中で抗原処理が行われ細胞表面に発現するが、抗原処理は特異的なタンパク質分解酵素による低分子ペプチドの生成を伴うので、多糖抗原はこの経路に関わることはできない。多糖に対する抗体を産生させるときに良く用いる手技に、アルブミンとの複合体とする方法がある。ハプテンキャリアという考え方であるが、この場合、アルブミンが部分分解されてT細胞に抗原提示され、そこから産生されたサイトカイン類が、ハプテンに対する抗体産生を増強する、という流れである。すなわち、単なる多糖抗原の場合には、抗原提示細胞からの抗原提示がうまく機能しないので抗体産生が起きにくい。
 また,レンチナンやソニフィランといった医薬品開発のプロセスでは抗原性が低いことがメリットであったことから,抗βグルカン抗体への興味は深まらなかった.これらの医薬品は注射によって投与されるので、特異抗体が存在すると免疫複合体となり、目的とする受容体に効率よく到達し機能を発揮することなく、網内系によって処理されてしまう。抗βグルカン抗体についても同様の考え方が先行しており解析は進まなかった。しかし、深在性真菌症に対する感染防御免疫に関する研究を行う過程で、カンジダ由来の細胞壁βグルカンであるCSBGを中心に検討したところ,どの動物も抗βグルカン抗体を有すること,力価や特異性は個人差・個体差があることなどが明らかになった(参考文献参照)。抗CSBG抗体は、少なくとも、抗β1,3-グルカン特異的な抗体と抗β1,6-グルカンに特異的な抗体を含んでおり、複数のエピトープを含んでいた。代表的な血漿分画製剤であり、重症感染症の治療に用いられる免疫グロブリン製剤は献血由来の抗体であり、抗βグルカン抗体を含んでいた。唾液もIgAクラスの抗βグルカン抗体を含有していた。
 抗βグルカン抗体は,病原性真菌の表層に結合し,食細胞の殺菌作用を上昇させたことから,抗体力価の差は,真菌に対する感染免疫の個人差を反映している可能性がある.これらのことから、ヒトや動物は、βグルカンに感作され、産生された抗βグルカン抗体によって、抗原特異的感染防御免疫が機能しているものと考えることができる。

【おわりに】

 ヒトの血中に免疫グロブリンが高濃度に含まれることは良く知られたことである。感染症に罹ったり、ワクチンを接種したりすることで、抗体産生が起き、血中の抗体となることは良く知られたことであり、免疫学では「感作される」と表現する。しかし、抗βグルカン抗体のように、いつどこでどのような形で感作されたのか説明が難しい抗体も多数ある。小児の血清や牛胎児血清からは抗βグルカン抗体は検出されない(少ない)ので、その後の成長過程で感作が進んだものと考えらえる。マウスも抗βグルカン抗体を含まない。これは、生後、数週間から数か月で研究に使用されるマウス(Specific pathogen freeで飼育されたもの)が自然にβグルカンに感作される環境にはないからであろう。このように、βグルカン―抗βグルカン抗体複合体ついては、まだ解析が始まったばかりである。今後に期待したい。

【参考文献】

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2. Ishibashi K,et. al., Role of anti-beta-glucan antibody in host defense against fungi. FEMS Immunol Med Microbiol. 2005, 44(1):99-109. doi: 10.1016/j.femsim.2004.12.012. PMID: 15780582.
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