〜大野会長による寄稿〜 続βグルカンの魅力 5.体内動態と次亜塩素酸化
〜大野会長による寄稿〜 続βグルカンの魅力 5
体内動態と次亜塩素酸酸化
食用・薬用キノコ由来のβグルカンは、宿主仲介性の抗腫瘍多糖として、20世紀に多くの研究がなされてきた。その過程で、シイタケ由来のレンチナン、スエヒロタケ由来のソニフィランが抗腫瘍性剤(医療用医薬品)として上市された(1980年代)。これらの多糖製剤は注射剤であり、他のβグルカンについても開発の目的は注射剤であった。事実、経口投与と注射による投与を、担癌マウスモデルで比較すると圧倒的に注射による投与の活性が強かった。一方で、深在性真菌症の診断において、血中βグルカン濃度測定は補助診断として重要視され、βグルカンの消失は深在性真菌症の治癒との関連の中で注目されてきた。また、βグルカン測定法を補助診断に用いる条件として、透析患者ならびに抗腫瘍性βグルカンが投与されている患者が対象外とされた。これは透析膜からβグルカンが溶出するとの報告や、βグルカン投与された患者の血中βグルカン濃度が高値を示したとの報告によるものである。
医薬品の開発においては、ADMEデータは必須である。ADMEは生体に投与された薬物が、吸収されて体循環血液中に入り、生体内に分布し、肝臓などで代謝され、尿中などに排泄されて生体内から消失する過程。吸収(absorption)、分布(distribution)、代謝(metabolism)、排泄(excretion)の頭文字である。注射剤の場合は、最初のステップである「吸収されて体循環血中に入り」の部分が、経口剤と異なる。レンチナンとソニフィランの添付文書に記載されたADME情報の一部を以下に抜粋する。
(参考:レンチナン添付文書より)
動物における吸収・分布・代謝及び排泄:マウス、ラット及びイヌにおける血中濃度はいずれも投与直後速やかに減少し、その後ゆっくり減少する二相性を示した。 投与5分後の臓器分布はいずれの動物種においても大部分が 肝に分布し、次いで脾、以下肺、腎の順であった。肝及び脾 に分布した放射能は時間と共にゆっくり減少したが、肺、腎 にみられた分布は時間と共に速やかに減少した。ラット及びイヌにおける排泄については投与初期に尿中排泄が多く、その後は尿、糞にわずかずつ長時間にわたって排泄されたが、 呼気への排泄はほとんどなかった。また、ラットにおける胆 汁排泄はわずかであり、胎仔移行、乳汁移行はほとんど認められなかった。ヒトにおけるADMEデータは添付文書ならびに医薬品インタビューフォームに記載は無い。
(参考:ソニフィラン添付文書より)
動物での吸収,分布,代謝,排泄:マウス及びラットに筋肉内投与すると,12〜24時間後に最高血中濃度に達し,細網内皮系に属する肝臓のKupffer細胞並びに脾臓,リンパ節や骨髄の細網細胞及びマクロファージに特異的に分布し,その他の組織では低度の分布が認められた。一方,脳及び神経系にはほとんど認められなかった。担癌動物では腫瘍及びその周辺に比較的高い分布が認められ,また,妊娠動物では胎盤に低度の分布が認められたが,胎児及び羊水には認められなかった。シゾフィランは細網内皮系で基本構造を維持したまま低分子化され,尿,糞,呼気を通じて緩慢に排泄された。
したがって、新規のβグルカン製剤の開発においても同様のデータが求められている。レンチナンならびにソニフィランの主な蓄積臓器は肝臓であり、徐々に低分子化され尿中ならびに糞中に緩やかに排泄されるが、その間に起きている代謝変化までは言及されていない。ソニフィランでは、「細網細胞やマクロファージに特異的に分布し」とされている。感染免疫の視点に立つと、病原体は、好中球やマクロファージなどの食細胞に処理され、殺菌される。これらの細胞は活性酸素産生能を有し、病原体を酸化的に修飾する。レンチナンならびにソニフィランは、病原体同様の酸化分解を受けている可能性がある。これらを試験管内で再現する処理としては、過酸化水素水ならびに次亜塩素酸ソーダをあげることができ、酸化能は次亜塩素酸ソーダの方が強力である。以下に、酸化的修飾のβグルカン研究への応用について示す。
【βグルカンの酸化分解】
材料としてマイタケ由来のgrifolan, 細菌由来のcurdlanを用い、アスコルビン酸ー銅、過酸化水素ー銅、過酸化水素(単独)、次亜塩素酸を用いて酸化処理し、構造と活性の変化を検討した。また、マウスの腹腔内での酸化についても検討した。その結果、
- grifolanをマウスの腹腔内に投与し、1日後に腹腔浸出液から回収したβグルカンについて、解析したところ、ゲルろ過分析で若干の分子量の低下を認め、DEAE-sephadex において、素通り(中性画分)ならびに吸着画分(酸性画分)が回収された。これらの事から、マウス腹腔内で酸化的修飾がなされていることが推察された。同様の反応は、試験管内でgrifolanを酸化処理した時にも認められた。
- 験管内でgrifolanを酸化分解し、それらの生成物のβ1,3-グルカン分解酵素(kitalase)による分解性を比較したところ、未処理物の分解を100%としたとき、過酸化水素ー銅では85%、次亜塩素酸では50%程度の分解性に低下しており、グルコースの環構造が修飾されていた。
- マウスの腹腔浸出細胞の活性酸素産生能を比較したところ、常在マクロファージと比較し、grifolanで誘引された腹腔浸出細胞は高い活性を示したことから、grifolanの腹腔内での酸化は、腹腔浸出細胞が関連していることが示唆された。
- 酸化処理したgrifolan ならびにcurdlanのマウスSarcoma-180固形腫瘍に対する抗腫瘍効果を比較検討したところ、grifolanの活性は、アスコルビン酸ー銅、過酸化水素ー銅、次亜塩素酸のいずれの処理でも低下傾向を示した。一方、curdlanは未処理では抗腫瘍効果が弱いが、次亜塩素酸酸化処理によって、強い活性を示すように変化した(下表)。
これらの結果から、酸化分解は体内で徐々に進行し、βグルカンの機能を修飾している可能性のあることが強く示唆された。
(J. Pharmacobio-Dyn., 14, 9-19(1991))
酸化分解したカードラン(CRD)の抗腫瘍活性(JPDより改変)
-----------------------------------------------------------------------------------------
検体 濃度 腫瘍重量 抑制率 完全退縮
(㎍) (g) (%) (匹数/total)
未処理CRD 100 x 5 9.3 -26 0/7
未処理CRD 500 x 5 7.5 -1 0/7
酸化CRD 100 x 5 0.6 92 3/7
酸化CRD 500 x 5 3.1 58 2/7
-------------------------------------------------------------------------------------------
【自己免疫疾患モデルマウス(MRL lpr/lpr)におけるβグルカンの血中からの消失速度】
Grifolanの血中からの消失速度ならびに臓器への蓄積について、膠原病モデルマウスであるMRLを用いて検討した。単独静脈内投与では、半減期約6時間で血中から消失した。一方、毎週1回の連続投与では、血中濃度は常に高値を示した。また、肝臓ならびに脾臓への蓄積を認めた(下表)。
(FEMS Immunology & Medical Microbiology, 13, 51-57 (1996))
Grifolanの臓器への蓄積(FEMSIMより改変)
----------------------------------------------------------------
肝臓(mg) 脾臓(mg)
250μg x 単回 0.053 0.019
250μg x 37週 5.6 0.7
-----------------------------------------------------------------
【マウス臓器に蓄積したCandida細胞壁βグルカンの緩やかな可溶化】
βグルカンの臓器への蓄積と分解について検討するために、アイソトープ標識したβグルカンならびにCandida菌体を調製し、臓器からの消失について検討した。可溶性βグルカンとしては子嚢菌由来の高分岐βグルカンであるSSGを用いた。SSGは腹腔内投与、Candida菌体は静脈内投与並びに腹腔内投与した。2日後に各臓器のアイソトープ量を測定して、βグルカンならびに菌体の分解について比較した。その結果、SSGは主に、血中(37%)、肝臓(25%)、腎臓(15%)、脾臓(12%)に分布した。Candida 腹腔内投与では、肝臓(16%)、間膜(20%)、腹腔浸出液(5.8%)、腹腔浸出細胞(7.9%)、尿(9.4%)に分布した。静脈内投与では、肝臓(49.5%)、腹腔浸出液(5%)、尿(9%)であった。Candida菌体の臓器への蓄積は低かったが、アイソトープは全構成成分に標識されているので、低分子成分に基づくものと推測される。
次に、非標識Candidaを静脈内または腹腔内に投与し、臓器へのβグルカンの蓄積をリムスル試験で測定したところ、主な蓄積臓器は肝臓であり、見かけの蓄積量は、6か月間徐々に上昇する傾向を示した。これは、不溶性βグルカンはリムスルでの反応性が低いことに起因するとともに、細胞壁は徐々に分解されていることを強く示唆した。このことは、Candida菌体を次亜塩素酸酸化処理した時にも認められ、酸化に伴い可溶化が起き、リムルス反応の比活性は上昇した。
(FEMS Immunology & Medical Microbiology, 21, 123-129 (1998))
Candida全菌体の次亜塩素酸処理によるリムルス反応性の変化(FEMSIMより改変)
●;未処理全菌体、□;1.25ml次亜塩素酸処理、■;6.25ml次亜塩素酸処理、
△;12.5ml次亜塩素酸処理。低濃度にピークがあるほうがlimulus factor G反応の比活性が強い。
【次亜塩素酸酸化を用いた粒子状ならびに可溶性Candida βグルカンの調製】
リムルス試験(ファクターG)は深在性真菌症の早期診断の重要なツールである。標準品としてはキノコ由来のパヒマンが汎用されているが、病原性真菌から標準品を作成することが望ましい。そこで、Candida全菌体を次亜塩素酸酸化し、粒子状のβグルカン(OX-CA)を調製し、さらにDMSO可溶部を抽出することで、可溶性βグルカン、CSBGを調製する方法を確立した。CSBGはβ1,3-ならびにβ1,6-グルカンから構成され、パヒマン同様の比活性でリムルス反応を示した。
(Carbohydr. Res., 316, 161-172 (1999))
CSBGの推定構造(Carbohydr Resより一部改変)
【おわりに】
酸化分解は免疫反応の要の反応のひとつであり、感染免疫はもとより、自己免疫疾患、アレルギー、腫瘍免疫など、あらゆる機構の中で役割を演じている。活性酸素産生ができない先天性の自己免疫疾患である、CGD(chronic granulomatous disease)では、感染症を繰り返すとともに肉芽形成を伴う。
酸化ストレスはがん化や皮膚の老化などで日常生活では悪者とされやすいが、感染防御の観点からは無くてはならない役者である。
次亜塩素酸酸化法はこのような生理的な反応を利用しており汎用性が高い。上記の他に、下記のような応用例がある。
・Candida utilisからのβグルカンの調製やC.albicansのマンノプロテイン画分の精製工程でも利用されている。
・食用酵母 Candida utilis からの細胞壁β−グルカンの調製と性状の解析.. 医と生物 157: 1147-1154, 2013
・カンジダマンナンの酸化分解抵抗性と血管炎惹起能の関連性.. 応用薬理 97:83-90, 2019
本原稿は、抗腫瘍性医薬品開発を出発点として記載している。ADMEに記載したように、注射剤では、吸収過程を経ずに体循環血中に入る。現在のβグルカン研究の主流は、食品や高機能食品であり、ADMEは著しく異なる。「吸収過程」についても、粘膜免疫が進歩し、粘膜面を直接刺激する経路もあることから、複雑である。注射剤で得られた成果を十分に活用するとともに、新たな視点からの研究展開が求められる。